最近は『死ぬまでに観たい映画1001本』という本をリファレンスに、世間的に名画とされている映画をぼちぼちと観ていたりするんだけど、近所のTSUTAYAでたまたま見つけ、前知識も全くなしで観た本作『灼熱の魂』は、そういった名画と並べても遜のないどころか「生涯ベスト級」の映画とも並んじゃいそうなレベルな強烈な傑作!
少なくとも僕の中では、映画館・DVDで今年観た映画の中では1位、2位を争う作品でした。
作品概要
2010/カナダ・フランス合作 上映時間:131分 PG12
原題:Incendies
配給:アルバトロス・フィルム
監督:ドゥニ・ビルヌーブ
出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット
<あらすじ>
心を閉ざして生きてきた中東系カナダ人女性ナワルは、ある日、実の子で双子のジャンヌとシモンに謎めいた遺言と2通の手紙を残してこの世を去る。手紙はジャンヌとシモンが知らされていなかった兄と父に宛てたもので、まだ見ぬ家族を探すためナワルの母国を訪れたジャンヌとシモンは、母の痛切な過去と向き合うことになる。
感想
というわけで、個人的には本当に満足の一作だったんですが、「もう最高なんで、絶対オススメです!!」と声高らかに宣言できないところもありまして。
オススメと言い辛い理由。それは何と言っても、この作品があまりにヘビー過ぎるところにある。
「後味が悪い」というのとは少し違うんだけど、見終わった後、しばらく何も出来ないほどに深刻なダメージを受けてしまう映画で。
言うなれば、『ミスト』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』級のダメージを食らってしまう作品で。
いや、『○○』級と表現するのであれば、もっと適切な作品があった!
ただ、本作を未見の人にとっては、その作品名自体がネタバレになってしまうし、「本作を未見の人にとっては、その作品名自体がネタバレになってしまう」と言うこと自体が、これまたネタバレになってしまう気がしないでもないんですが、まぁ、気にせずに言ってしまいます。
本作は、『オールド・ボーイ』級の強烈なトラウマ映画でした。。。
(何度かこのブログでも書きましたが、10月に僕も「父親」になったんですが、うちの子は「男の子」。
でも、もし子供がが「女の子」だったら、『オールド・ボーイ』という名前を出す事すらおぞましく感じたんじゃないかと思います。。。)
さて、“『オールド・ボーイ』級”という言葉を出してしまったことで、本作の「オチ」の展開について想像がついてしまう人も少なくないでしょう。
そういう方に言っておきたいのは、確かに本作の「オチ」はそのとおりなんですが、それでも、この『灼熱の魂』という映画は決して「オチだけ」の映画というわけではない。
もし、衝撃的なオチが無かったとしても、そこに至る過程だけでも十分にトラウマ級で、超ヘビーな衝撃作なんです!
本作は、ある双子の姉弟が母親の遺言を果たし、母の人生の謎に迫るミステリー。
母親の遺言の内容は「二つの手紙を、それぞれ「父」と「兄」へ渡してほしい」というもので、死んだと聞かされていた「父」と、存在すら知らなかった「兄」を探す中で、姉弟が母親の人生を追体験する様が描かれる。
「父」と「兄」を探す双子の視点と、母親であるナワル・ワルマンの若き日の視点が交互に描き出される構成が印象的。
そして、話の節目ごとに章立てのタイトルを出す演出が、登場人物を突き放し、事実だけを淡々と描いている感じを強調させていて、本作の演出として見事にはまっている。
本作のような「ある女性の一生追体験モノ」の物語は、古今東西問わずいくつも存在していて、それこそ『嫌われ松子の一生』や『八日目の蝉』、小説では『殺人鬼フジコの衝動』など、日本の映画・小説でもよく見かけるテーマだ。
それでも、本作『灼熱の魂』のナワル・ワルマンの人生はとにかく圧倒的に桁違いにヘビーで。
その「ヘビーさ」だけで、数ある類似作品群の中で頭一個突き抜けている作品だ。
序盤からいきなり、「宗教的に対立する相手との子を妊娠」→「駆け落ち途中に待ち伏せていた兄が、交際相手(子供の父親)を目の前で射殺」→「出産は許されるも、出産の直後に息子と引き離され、遠い町の大学へと通わされる」と、日本では想像もつかないような展開が。
その後、内戦に荒れる国家に振り回され、思想に染まったナワルは、暴力に曝される側から、暴力を行使する側の暗殺者へと転身を果たすんだけど、そこから「敵対する政治家を暗殺」→「政治犯として15年の禁固刑を受け投獄」→「投獄期間中、拷問人による暴行を毎日受け続ける」→「拷問人の子を妊娠」→「獄中出産」と、怒濤の人生が続く。
15年もの長期に渡り、人間の尊厳を踏みにじられ続け、それでもナワルが「死」を選ばなかったのは、きっと「引き離された息子を、いつか必ず迎えに行く」という想いのため。
でも、「たった一つの希望」を胸に生き抜いたナワルに対し、現実はこれ以上ない悲劇を与えるのだ。。。
ちなみに、ナワルの人生を追体験するに当たり、母親の過去を積極的に追おうとする姉と、「遺言なんて無視して、普通に弔おう!」と主張する弟、という対比構造が目立つ。
これも、オチを知った今となっては、弟は「過去を追えば“知りたくない事”と向き合わなければならない」ってことを本能的に察していたのかもしれないなぁ、と思えてくる。
母親が毎日のようにレイプされる日々を過ごしていたことや、“その後の展開”は、娘よりも息子の方がダメージがデカい話ってことなんでしょう。。。
さて、ここからはオチに関するネタバレになってしまうんだけど、いつものように「ネタバレを知りたくない人はこれより先は読まないでね」という以上に、オチについて不快感や嫌悪感を抱く人も少なからずいると思います。
その点ご理解の上、お読みください。
さて、母親の人生を追いかけ、やがて「母親が拷問の末に妊娠・出産したこと」を知ってしまった双子は、その時に生まれた子供こそが「兄」なのだと思い、まだ見ぬ「兄」に対し同情を募らせる。
しかし、さらに母親の人生を追っていく中で、その時生まれた子供こそが「双子」であることを知ってしまう。
つまり、自分たちこそが暴行の末に生まれた子供だったということを。
そして、罪人を繰り返しレイプした「拷問人」こそが、自分たちが探していた「父」なのだということを知ってしまうのだ。
そして、絶望的な事実に打ちのめられそうな姉弟をさらに追い込むように、ここで物語は姉弟に対し「ある数式」を突きつける。
1+1=1
つまり、これまで姉弟は「父」と「兄」という1人と1人を探していたんだけど、それが「2人」なのではなく「1人」だったと。。。
この数式の真意がわかっった時、双子の姉弟は、そして本作を観ていた僕もまた言葉を失い、呼吸を忘れてしまう。
それほどに悲劇的で、絶望的で、あまりに重過ぎる「答え」を突き付けられてしまうのだ。
ナワル自身もはじめからその「答え」を知っていたわけではなく、釈放された後、誰も自分を知らない場所を求めてカナダへと移住し、二人の子供を育て上げ、ようやく訪れた安息の日々の中のふとしたきっかけで「真実」に気がついてしまう。
そして、そのまま自らの命を停止させるように死を迎えてしまう。
真実を知った双子も、まるで母親の胎内へ戻るかのように、プールに飛び込み、抱き合い、ギリギリのところで癒し合う。
真実はそれほどまでに過酷で、安易に「救い」に溢れたりはしないのだ。
ちなみにこのあたり、物語が衝撃的というだけではなく、映画としての表現も本当に見事。
映画のオープニングでの「ギラギラとした少年の目」「アップになるタトゥー」といった印象的なカットが物語の円環を閉ざす、という構成の完成度は本当に高くって、いやーまったく凄い映画です!
ただ、本作が本当に素晴らしいのは、死の直前にナワルが残した遺言、つまり「二通の手紙」が、決して絶望の産物ではないというところにある。
じきにあなたは沈黙する。
私はすぐに気づいたのに、あなたは気づかなかった。
差出人:収容番号72番、あなたの娼婦
そして、
これは拷問人への手紙ではない。息子への手紙だ。
あなたが生まれたときに決めたのだ。何があってもあなたを愛し続けると。
愛を込めて、あなたを抱きしめる。
差出人:収容番号72番、あなたの母
この2通の手紙を受けとった「父と兄」もまた、知る由もなかった真実に打ちのめされることになる。
自分が行った行為のおぞましさに打ちひしがれ、「彼」もまた言葉を失ってしまう。
しかし、これは決して復讐ではなく、まぎれもなく「母の愛」の手紙。
子供たちはみな傷ついたし、これから先の人生において、全てを忘れて生きて行くことなど出来るはずがない。
当然、苦しむこともあるだろう。
それでも、ただ一つ間違いないことは、ナワルの「母の愛」による「許し」が暴力の連鎖を終わらせたということだ。
思い起こせば、ナワルの人生ははじめから暴力の中にあった。
彼女自身、暴力を振りかざしたこともあり、さらなる暴力をその身に受けた。
彼女の周りには常に暴力があり、暴力はさらなる暴力を、そして悲しみはさらなる悲しみを呼んだ。
このような「暴力の連鎖」を描いた映画は多いんだけど、ほとんどの作品において、連鎖から抜ける方法は「死」しかない。
(僕の人生ベスト映画の1本でもある『息もできない』なんかもまさにそういう話です!)
本作でも、連鎖の終わりにはナワルの「死」があるんだけど、暴力の連鎖を止めたのは「死」ではなく、死の直前にナワルが下した「許し」であるという点が本当に素晴らしい。
そして、ナワル自身が暴力の連鎖から抜け出すと同時に、最愛の「息子」を連鎖から救い出しているという点が素晴らしいんですよ!
これは、母としての愛があらゆる暴力や復讐に打ち勝った瞬間であり、それができるのが「人間」なんだってことを、痛烈に感じさせる。
いやー、人間って素晴らしい!!人間っていいな!!
残された「父と兄」、そして「姉」と「弟」は、これから先も苦しみ、悩むだろう。
しかし、母の愛に包まれた彼らは、母のように強く生きることが出来るだろう。
「きっと彼らは大丈夫。暴力は、悲劇は、もう終わったのだから。」
それを、予感ではなく、確信できる気がした。
というわけで、本当に衝撃的だった本作。
父と兄を探すミステリー作品として、すごくきっちりと作り込まれた作品で一瞬たりとも目が離せないし、2時間強の長尺をまったく長く感じさせない点からも、純粋に「おもしろい映画」であることは間違いない。
どこか不安感を感じるレディオヘッドの主題歌もすさまじくかっこ良く、「章立て」の演出もオシャレ。
映画としての完成度の高さだけを見ても、ダントツに優れた作品だった。
ただ、これまで散々書いてきたように、安易に「観てよかった」とは言い切れないほどの重々しさを残す映画だったし、正直かなりキッツイ話で。
『ミスト』『ダンサーインザダーク』『オールド・ボーイ』という名前を引き合いに出しているので理解いただけるとは思いますが、観るために相当な覚悟が必要な一作。
しかし、その覚悟に耐えうるだけの超傑作であることは、自身を持って宣言できる作品です!!
はっきり言って本作の欠点は、「ナワルの人生があまりに壮絶すぎる点」「話の構成があまりに出来過ぎな点」が作為的なものに感じられる(リアリティが欠落しているように見える)ことくらい。
言うなれば、「完成度が高すぎること」以外に欠点がない作品でしたよ。
というわけで、散々長ったらしい文章を書いておいてなんですが、息を飲む映画を観て魂を震わせたいなら「黙ってこれを観ろ!」と言いたい映画なのでした。
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